結婚までの私たちの道のり

みどりの日。昭和の日。結婚できた日。

みどりの日。昭和の日。結婚できた日。

By on 2015年2月9日

うちは結婚当時、2人とも無職でした。お金も無いし結婚式に呼べるような友達もあまりいないし、夕方にお互いの家族が集まり、近所のお寺で婚姻のお経を上げてもらい、家族のみでささやかな会食をする程度の結婚式でした。
その結婚式の当日、祝日だったのですが、どうしてもその日を婚姻日にしたくて、昼間に市役所の休日受付窓口に婚姻届を出しに行きました。その日はもんのすごい強風で、しかも夫はその数日前から風邪なのか何なのか分かりませんがとんでもなく体調を崩しており、向かい風の中髪をぼさぼさにしながら、夕方から式が始まるのであまり時間が無いことに焦りながら、そしてなかなか早く歩けず後ろを辛そうに歩く夫を立ち止まり振り返りながら、なんとか30分くらいかけて市役所までたどり着きました。(車なんて持ってないので徒歩です。)着いたはいいけど、どこが休日受付の入口か分からず、相変わらず勢力を保ち続ける強風の中、建物の周りを一周して探すも受付が見つからない始末。これは見えない力に反対されているのか?と思いつつも、さっき通った時、「まさかこんなドアじゃないよね」と通り過ぎた古いドアのところに「休日受付窓口」と書かれているのを見つけました。本当に開けていいのかな、と不安になりながらただでさえ重いのに強風で更に開けづらいドアをなんとかこじ開けてみました。
昭和時代に戻ったかと思いました。
何だか古臭い臭いのする薄暗い廊下になっていて、ドアを開けてすぐのところにある警備員室が窓口でした。そこには高齢の警備員さんがいて、その奥には畳の古い当直室があって、正に昭和かよ、と思うような赤くて古いテレビが現代の番組を流していて、ストーブの上のやかんから湯気が出ていました。前日に市民課の窓口で不備がないことを確認してもらった婚姻届をその警備員さんに渡しました。内容をさっと確認して頂き、「はい、預かります。おめでとうございます」と言われました。
やっと、なんとか夫婦になった。
やかんの沸騰した音と流れてくるテレビの音声の中、ありがとうございますと言いました。
あのとき、もし本当に見えない力に反対されていたとしても、あれから5年たった今も、なんとかふたりで幸せに暮らせています。
もし今後、何か夢のような奇跡的なことが起きてどんな優雅な生活を送れるようになったとしても、あのときの匂い、薄暗いあの警備員室は忘れないようにしたい。
ちなみに、向かい風の中を歩いてきたはずなのに、何故か帰りも向かい風でした。
今後どうなるかはわからないけど、ささやかな生活でいいので楽しく自分たちらしく歩いていきたい。できたら子供も欲しい。夫の子供ならとっても可愛くなるはず。
あともしできたらいつかハワイにも行ってみたい。新婚旅行は熱海だったので。