結婚までの私たちの道のり

私の考える完璧な結婚について

私の考える完璧な結婚について

By on 2014年12月3日

結婚をして得られるものの一つに「精神的な安定」を挙げる人はたくさんいる。
しかし私の場合、それどころではない。
結婚して、精神的に安定し、結果として自分自身を手に入れた、とさえいえる。

私は、幼いころから母と折り合いが悪かった。
決して愛されていなかったわけではない(と今ならわかる)。
しかし、従順であることを求める母に対し私は、思い通りになってたまるものかと反抗し続けた。
怒られては反抗する。反抗しては怒られる。
そんなことが続くうちに、知らず知らず自己肯定感の低い大人に育ってしまった。

そんな私を丸抱えしてくれたのが夫だ。

彼は怒らない。
仕事から疲れて帰ってきたとき私が、体調が優れないことを理由に夕食の支度をしていなくても「電話してくれたら何か買ってきたのに」と意に介さない。
洗濯物を畳まずにおいてあったら黙って畳む。
食器を洗わずに眠ってしまっても、朝には片付いている。
いつもこんなふうだと、不思議なことにさぼれなくなる。
「これじゃ申し訳ない」と思うようになる。
結婚して13年がたった今、私は真面目に家事をする主婦に育ったと自負している。

そして彼は疑わない。
私の職場は男だらけ。
忘年会も、もちろん男だらけ。
二次会、三次会と進みついつい帰りが朝方になっても、気にする様子もない。
誰といたとも、ゆうべ何時に帰ったとも聞かない。
もちろん、飲み会の途中で電話してくることもない。
私は、そんな彼に言えないようなことはしないと、心に固く誓っている。

さらに彼は娘たちの良き父親である。
このことについてのエピソードは枚挙に暇がない。
例えば娘が「鉄棒ができない」と言った次の朝には二人で早起きして近所の公園へ行き、二日でできるようにしたし、「お気に入りの筆箱が壊れた」と言って泣いて帰ってくれば、同じものが見つかるまで何件も何件も探して歩きついには娘のほうが「あきらめる」と言って音を上げてしまった。
次、生まれ変わるとしたら、彼の妻ももちろん悪くないが、娘は更にいいと私は思っている。

このように素晴らしい夫について、書きたいことはまだまだあるが、読むほうはそろそろ「ノロケ話はもうたくさん」とうんざりする頃かもしれない。
当方にのろけるつもりは毛頭なく、事実の羅列にすぎないわけだが特筆しておきたいのは、そんな彼と暮らすうちに私自身が変化したことである。
自分に自信がもてるようになり、「どんな私が求められているか」と考えることもなくなった。
がんばることが大嫌いだったが、いつも自然にベストを尽くしている。
毎日笑顔で過ごしている。
すべて夫のおかげだ。

そんな夫にこれ以上望むべきではないことは重々承知しているが、もし叶うとすればそれは、私より長く生きることである。
最後にこれさえ叶えば、私は完璧な結婚をしたことになると思っている。